Four on the floor(4つ打ち/四つ打ち)とは – 音楽用語

公開日:  最終更新日:2018/10/08

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Four on the floor

定義

4つ打ち、Four on the floor(フォー・オン・ザ・フロアー)、Four to the floor(フォー・トゥ・ザ・フロアー)

ダンスミュージック(主にディープハウス等のエレクトロ・ダンスミュージック)で使用されるリズムパターンのこと。ディスコビート、ダンスビートとも呼ばれ、1小節につき4/4拍子×4拍のバスドラムを打つリズムパターンのことを指します。

ただし誰でも思いつく単なる4拍のビートなら論じるまでもないため、ここではハウスのスタンダードとなっている4つ打ち=ハイハットのバックビート(裏打ち)を加えたリズムパターンについて解説します。(テクノ、トランス、エレクトロ、テックハウスなどは裏打ちがないケースが多い)

呼び方による意味の違い

4/4(Four-Four)(フォー・フォー)
4分の4拍子。4/4 time signature(拍子記号)に近い意味で使われる。拍子を意味する言葉であるのでロックを含め広範囲の音楽に使用。ロックで言うところの4/4はバスドラ4拍を意味しない。ディスコビートの解説には不向き。
Four on the floor(フォー・オン・ザ・フロア)
Four to the floor(フォー・トゥ・ザ・フロア)でも同義。米国でディスコ向け音楽のビートの名称として誕生し、ハウス・エレクトロなど電子音楽でも使われる。キックドラム(バスドラ)のペダルを床に対して4回踏むことから来ている。
4×4(Four-by-Four)(フォー・バイ・フォー)
音楽ジャンル「UK Garage」で2 Step Garageから4つ打ち系リズムへの回帰ブーム期から使われ始めた。ただしこのとき4/4(Four-Four)という呼称を使ったり4×4の表記でも(Four-Four)と呼んだりしているため読み方に関してはUK本国でも厳密ではない。

 

4つ打ちの元祖、T.S.O.P.(ソウルトレインのテーマ)

Karl Chambers と Earl Young

1973年 ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツとMFSBの演奏でPIR(フィラデルフィア・インターナショナル・レコーズ)からリリースされた曲「The Love I Lost」の一部で、MFSBのドラマー Karl Chambers(カール・チェンバース)がソックシンバルの裏打ちの入った4つ打ちビートを演奏。この裏打ちを同じくMFSBのドラマーである Earl Young(アール・ヤング)がディスコに取り入れたのがきっかけとなります。

Harold Melvin & The Blue Notes ‎– The Love I Lost [1973](0:45~の箇所)

 

フィリーディスコからハウスミュージックへ

ハウスミュージック黎明期においてディスコミュージックが電子音楽化される際に、フィリーディスコの有名曲、MFSB(エムエフエスビー:Mother Father Sister Brother)のT.S.O.P.(ソウルトレインのテーマ:The Sound Of Philadelphia)のリズムパターンをベースにしたと言われています。
(※ 1989年の海外音楽誌 i-Dより参考)

MFSB feat. The Three Degrees – TSOP (The Sound Of Philadelphia) [1974]

 

※ T.S.O.P.(ソウルトレインのテーマ)にはいくつかの4つ打ちの派生パターンが含まれており、それらもハウスミュージックの中に取り込まれています。

David Mancuso(デヴィッド・マンキューソ)やLarry Levan(ラリー・レヴァン)が活躍したクラブミュージック黎明期、電子音楽化が始まるハウス以前にガラージュと呼ばれていた頃のMFSBの代表曲
MFSB – Love Is The Message

 

ロックでの応用例

70年代カルトヒット、ラム・ジャムのBlack Betty

90年のBen Liebrandによるハウスリミックスをきっかけにカルトヒットとして認知され、遡及する形で70sロック・コンピレーションの定番曲となりました。原曲は、殺人や婦女暴行を繰り返した伝説的ブルースマンのLeadbelly(レッドベリー)による1930年代の曲。ジョニー・デップが伝説のコカイン王ジョージ・ユングを演じた映画「Blow」にも採用されました。悪の匂いがする曲ですね~!

Ram Jam – Black Betty [1977]


ハウスリミックス版は芝浦GOLD最盛期のヒット曲!
Ram Jam – Black Betty – Ben Liebrand (Rough ‘n Ready remix)

 

ハウスミュージックの誕生

シカゴハウスのアンセム、Move Your Body

PCMドラムマシン、ローランド TR-707 を使って組まれた4つ打ちハウス黎明期の代表曲です。
Marshall Jefferson – Move Your Body (Mixed by Ron Hardy) [1986]

パーカッションとの組み合わせでどうにでも化ける

当時にしてはかなり控えめなドラミングながら、疾走感・ドライブ感を生み出した富家哲の傑作。早稲田大在学中にFrankie Knuckles(フランキー・ナックルズ)と組んで世界的クラブヒットを生み出した日本が誇るレジェンダリーDJです。クラブチャートでは世界でNo.1ヒットを記録し、フランキー・ナックルズ絡みのメジャーヒットとしては「Your Love」「The Whistle Song」と並ぶ有名曲。

Frankie Knuckles presents Satoshi Tomiie – Tears ft. Robert Owens [1989]

 

Earl Young(アール・ヤング)

Sigma Sound Studiosで4つ打ちを生んだMFSBのその後

前述のような事情により音楽の歴史上、最も多くの楽曲でコピー(※)された「ハウスの4つ打ち」を生み出したアール・ヤング師匠(The Trammps、MFSB、Salsoul Orchestraのドラマー)の紹介です。

(※90年代初頭の時点で、ハウスの楽曲数はそれまで最も多かったパンクの楽曲数をすでに軽く抜いていました。)


MFSBは元々、フィラデルフィア・ソウル(フィリーソウル)を支えたSigma Sound Studios(シグマ・サウンド・スタジオ)に所属するスタジオミュージシャンの集まりでしたが、やがて転機が訪れます。

1974年、フランシス・コッポラ監督による映画「ゴッドファーザー」のヴィトー・ドン・コルレオーネのモデルとなったヴィトー・ジェノベーゼをボスとするNYマフィア、ジェノヴェーゼ・ファミリーの一員にして音楽業界のドンでもあったモリス・レヴィー(Roulette Records)の支援を得て、Cayre brothersの兄弟3人がニューヨークに「Salsoul Records(サルソウル・レコーズ)」を設立。



PIR(Philadelphia International Records)とMFSBメンバーの間に確執が生まれていたのをきっかけに、ヴィンス・モンタナ、B-H-Y(Ron Baker、Norman Harris、Earl Young)、Bunny Siglerといったシグマ・サウンドの心臓部といえる主要ミュージシャン達の引き抜きに成功し、MFSBはSalsoul Orchestra(サルソウル・オーケストラ)として生まれ変わります。

特に「B-H-Y」と呼ばれたRon Baker、Norman Harris、Earl Youngの3人は、80年代のユーロビート/ハイエナジーで言うところの「PWL:Stock Aitken Waterman(ストック・エイトキン・ウォーターマン)」に相当するディスコミュージック専門の音楽プロダクションも兼ねており、Tom Moulton(トム・モールトン)やDan Hartman(ダン・ハートマン)らと競いながらLoleatta Holloway、Double Exposure、First Choiceといったアーティストのヒット曲を次々とプロデュース、アール・ヤングもその中で活躍します。

アール・ヤング師匠のディスコ・ビート解説

アール・ヤングの動画では、Hard Beat(ハード・ビート)、モータウンのビートからフィリーディスコのビートへの変遷について分かりやすく説明されています。

お馴染みのハウスの4つ打ちが登場すると胸が躍ります。このビートには何か不思議な魔力があるのかも知れませんね。

Earl Young’s Drum Lessons (ディミトリ・フロム・パリによるインタビュー)

 

ヤング爺さんの名言「俺はドラムマシーンなんて持ってないんだぞ、俺自身がドラムマシーンだったんだ!」で笑わせてくれます。

Four-on-the-floor is a rhythm pattern used in disco and electronic dance music.

これらの動画を観れば、ドラマーの偉大さはヘヴィメタル的価値観にありがちなスピードや正確さ、スキルだけでは評価できないということが分かります。ドラムマシンの使用が一般化されたからこそ、イノベーションの能力が重視される時代になったのだと言えるでしょう。

 

アール・ヤング関連曲

Trammps-Trammps Disco Theme [1975] ※ なるほど・ザ・ワールド テーマ曲


ヤング師匠のドラミングが冴えわたるサルソウルの有名曲「テン・パーセント」
Double Exposure – Ten Per Cent [1976]


ベースラインとドラミングが「Steve ‘Silk’ Hurley – Jack Your Body」など数多くの楽曲でコピーされた超有名曲です。(3:10~の箇所など)
First Choice – Let No Man Put Asunder [1977]

 

アール・ヤングからRolandリズムマシンの時代へ

”オールマイティ” アール・ヤング、最後の活躍

アール・ヤングはサルソウル・オーケストラ解散後、ハウスのブーム初期において Ten City(テン・シティ)のアルバムに生ドラム担当として招聘されているのでこちらも要チェック。

このアルバムにはSteve “Silk” Hurley、Marshall JeffersonのシカゴハウスDJ一派と、フィラデルフィアからは4つ打ちを知り尽くしたドラマー “Almighty” Earl Young が参加しています。

名曲「Thats The Way Love Is」のオリジナルバージョンはR&Bとハウスのちょうど境目に立つ曲で、単なる打ち込みループとは異なる師匠のドラミングが聴けます。(12inch盤はスティーヴ・シルク・ハーレイの濃厚なシカゴハウス/アシッドハウス)

中央に誰も座っていないドラムセットがポンと置かれている不思議なプロモーションビデオでしたが、ここが裏方、ヤング師匠の席を意味していた訳です。

ダンスミュージックのドラミングは実質的にこの曲をもって、偉大なスタジオミュージシャンからローランドの打ち込みへバトンタッチされたと言えるでしょう。

Ten City – That’s The Way Love Is [1989]

ちなみにこの曲は17年後の日本で別の姿に生まれ変わります。2006年「That’s The Way Love Is」へのトリビュートソングととれるmihimaru GTの邦楽ヒット曲。師匠のドラミングやフィリー調のストリングスを見事に活かしながらオリジナリティも十分にあります。当時フィリーディスコやハウスミュージックのフリークをニヤリとさせたエレガントなJ-POPでした。

mihimaru GT – 気分上々↑↑ [2006]

 

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