Deep House(ディープ・ハウス)とは – 音楽ジャンル

公開日:  最終更新日:2021/05/08

Deep House(ディープ・ハウス)

狭義のDeep House

語源と定義

Larry Heard(ラリー・ハード)がハウスミュージックにソウルとジャズの要素を取り入れたことでディープハウスが誕生(*)、この用語は1988年までに英国で使用されはじめており、1988年2月に英国レスター・スクウェアにあるエンパイア劇場で開催されたイベント「Deep House Convention」では、Kym Mazelle(キム・マゼル)やMarshall Jefferson(マーシャル・ジェファーソン)、Frankie Knuckles(フランキー・ナックルズ)など有力なシカゴのアーティストが特集されました。

By incorporating elements of the soul and jazz he grew up on, Heard unwittingly sophisticated and intellectualised the genre and, even though he probably didn’t know at the time, deep house was born. … The term was being used in the UK by 1988 and the Deep House Convention at Leicester Square’s Empire in February of that year featured a number of seminal Chicago artists like Kym Mazelle, Marshall Jefferson and Frankie Knuckles.
– mixmag : STOP CALLING IT DEEP HOUSE –

*注意)ただしラリー・ハードの登場によって突如ディープハウスが誕生した訳ではなく、「深み」を加えた結果として単なる電子ディスコではないレベルにモダナイズされていったとみるべきです。

「ディープハウス」という名称は、誕生当時はハウスミュージックのサブカテゴリ名ではなく、主にイベントやコンピレーションのためのキャッチフレーズとして使われていました。(一方で、アシッドハウス、ヒップハウスといったサブカテゴリは既に存在していました。)

曖昧な定義のまま生まれたディープハウスという言葉ですが、厳密な本来の意味合いを「狭義のディープハウス」とするならば、フィリーディスコを原点としたシカゴ・ハウスおよびNYガラージ・ハウスの系譜にあるソウルフルでジャジーなハウスミュージックの総称であると言えます。

そもそも語源が黎明期のハウスそのものを指しているため、オーセンティックな(派生したものではない正統派の)ハウスの総称という風にざっくりと理解することも出来ます。

 

ラリー・ハードは如何にしてハウスミュージックをディープにしたか

How Larry Heard made house music deep | Resident Advisor(字幕あり)

”ディープ…それはハウスミュージックの本質を端的に表した言葉であり、DisclosureからFred Pまで全員に当てはめることができる…何を説明するにも用いることができ、例えばクラシックハウスからアンダーグラウンドの垣根を飛び越えた現代の違ったタイプの音楽までが、この言葉で表現される…同時にこの言葉の多岐にわたる使用は混乱を招いた…”

 

電子音楽化と反復化

1985年頃 歴史上に登場したハウスミュージック(=現在のディープハウス)は、単にFour on the floor(4つ打ち)に乗せて電子音楽化されたディスコミュージックではなく、誕生時にもう一つ重要なコンセプトを持っていました。(電子化よりもこちらの方が先で、こちらの方が革新的でした。)

それは、過去のダンスミュージックとフロアの反応に対する考察を元にクラブDJ達によって生み出された「ディスコソングの一番気持ち良いパートやフレーズ、リズムに特化して反復する」という編曲方法です。(※ 1989年の海外音楽誌 i-D Magazineより)

この手法が編み出される前のダンスミュージックでは「歌としての完成度」が優先されていたため、ダンスフロアにいる客はそのパートがくるのを待ちわびるしかなかったのです。

ハウスから派生して誕生したデトロイト・テクノにも継承されたこの手法は、単に歌モノを打ち込みに置き換えたポップス系のハウスとは異なる、大きな特徴となっています。

電子化以前の例として、この反復化のアイデアはロン・ハーディがオープンリール・テープデッキと2台のターンテーブルを使ってアイザック・ヘイズの「I Can’t Turn Around」を元に、生音の段階でやってのけています。後にシカゴハウスの2つのアンセム「J.M. Silk – I Can’t Turn Around」「Farley Jackmaster Funk – Love Can’t Turn Around」へと転化していった曲です。

※ ただしIsaac Hayes「I Can’t Turn Around」をループさせるというアイデアはFrankie Knuckles(フランキー・ナックルズ)が生み出し最初に始めたものです。→ Resident Advisor:Frankie Knuckles: Waiting on my angel

Isaac Hayes – Can’t Turn Around ( Ron Hardy’s Edit) [1983] Chicago

クラブDJならばこの曲のダンサブルな後半部だけをピッチアップして使いたくなります。ピッチコントローラを使わずイントロから最後まで流しちゃう頑固なDJ、David Mancuso(デヴィッド・マンキューソ)でない限り…。
原曲)Isaac Hayes – I Can’t Turn Around [1975] Memphis

電子音楽としての面からはすでにPaul Hardcastle(ポール・ハードキャッスル)のようなインストゥルメンタリストから「19(ナインティーン)」のような世界的ヒット曲が出ていたり、ユーロビート/Hi-NRG(ハイエナジー)の分野でもローランドのTRサウンドは活用されていたため技術的に驚くほどのことはありませんでしたが、ディスコミュージックの反復化と複合することで衝撃的なインパクトのある新しい音楽ジャンルが誕生してしまったということです。

参考)Paul Hardcastle – 19 [1985]英

特にJ.M. Silkの「I Can’t Turn Around」はニューヨークでも熱狂をもって受け入れられ、この1曲だけを深夜から朝までぶっ通しでMIXしながらリピートしていたクラブもありました。また空気を読まずユーロビートを流し続けたDJがクラブオーナーに殴られ、J.M. Silkの曲を流すハウスDJに交代させられたという過激なエピソードもありました。ちなみにJ.M. Silkとは、Farley “Jackmaster” Funk と Steve “Silk” Hurleyのあだ名を合体させたコンビ名です。

J.M. Silk – I Can’t Turn Around [1986] Chicago

「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」のジングルとしても有名な曲!
Farley Jackmaster Funk – Love Can’t Turn Around [1986] Chicago

ディープハウスとは言えない初期ハウスヒット

ただしNYの伝説的クラブParadise Garage(パラダイス・ガラージ)におけるLarry Levan(ラリー・レヴァン)のガラージ(Soul/Disco)のムーブメントとは無関係な多くの人々にとって、初めてハウスミュージックに触れた時の印象は、シンセフックをリピートしてサンプル音をコラージュした先進的な風変りな電子音楽でしかありませんでした。

レコード店ですらよく分からない打ち込み系ダンスミュージックはとりあえずハウスミュージックのタグを貼っておくといったカオスな時代なので、今の感覚で言えばハウスといえるかどうか微妙なメガヒットもたくさん存在し、ハウスミュージックの定義が固まるまでには時間を要しました。(こうして過去の情報をコラムに落としているのも、日本の音楽評論家は洋楽ロックのレビューが本業だったため、当時はハウスに関する情報が乏しく、mixmagやi-Dのような海外音楽誌と現地レポート、輸入レコード店から得られる情報が全てだったからです。)

このような事情で初期ハウスヒットであってもディープハウスとは言えない楽曲例として、以下のようなものがあります。

 

時代背景:ハウス黎明期(シカゴハウス/ディープハウス以外)

インディーロックの4ADレーベルから誕生したワン・ヒット・ワンダーで実質的にはDave Dorrell、C.J. Mackintosh、A.R. Kaneが制作した楽曲。SAW(ストック・エイトキン・ウォーターマン)の「Roadblock」をサンプルしているとラジオで喋ってしまったため、Rick Astley(リック・アストリー)のHi-NRGソング「Never Gonna Give You Up」を売り出し中の彼らからリリース差し止め命令という著作権を逆手にとった妨害工作まで受けましたが、これを克服しハウスミュージックを世界に広めた歴史的楽曲。この一件で評判を汚したため、後にSAWがハウス風のトラックを制作してもシラケた空気にしかなりませんでした。

M|A|R|R|S – Pump Up The Volume [1987]英 London

ちょうどユーロビート(Hi-NRG:ハイエナジー)からハウスミュージックへの移行の節目にあたるハイブリッドな曲で、ついにハウスのリズムトラック使用に踏み切ってしまったUKユーロビート最期の名曲。 ここで日本だけは某レコード会社の宣伝/リリースに引っ張られて(イタリア人すら聴いていない)イタリアンユーロビートにしがみつき、ガラパゴス化の道を辿ってしまったという暗黒史があります。EDMからのシフトにあたり30年前と同じ轍を踏まないよう祈るばかりです。

Sonia – You’ll Never Stop Me Loving You (Prod. by Stock Aitken Waterman)

現在の基準ではハウスというよりブレイクスである、中国系ハーフのTim Simenon(ティム・シムノン)による世界的ヒット

Bomb The Bass – Beat Dis [1987]英 London

故・フランキー・ナックルズが大阪のクラブDJの祖、故・天宮志狼らと共に心斎橋のクラブGenesis(ゲネシス)のDJを務めていた頃のハウスヒット、オリジナルはR&Bポップス

Natalie Cole – Pink Cadillac (Club Vocal) [1987]米 LA

Dead Or Alive(デッド・オア・アライヴ)のハイエナジーサウンドがまだ売れていた1988年という早い時期にしてはブッ飛び過ぎていてHardcore Techno/Raveブームの到来を予感させるアシッドハウスとテクノの中間でインダストリアルもブレンドされた曲。ダンスミュージック革命「The Second Summer Of Love(セカンド・サマー・オブ・ラブ)」黎明期の代表的な曲でもあります。なぜかハウスの分類でしたが当時はハウスとテクノの分類もいい加減でした。

Humanoid – Stakker Humanoid [1988]英 Manchester/Acid House

 

世界で最初のハウスミュージック

「どの曲が世界初のハウスか?」には諸説ありますが、候補とされるものをいくつかピックアップします。

ローランド TR-808でプログラミングされ、1983年に録音、1984年に世界で初めてレコード化されたハウスミュージックとされる Jesse Saunders(ジェシー・サンダース)の「On and On」。

Jesse Saunders – On and On [1984] Chicago

世界で初めてビルボードチャートに入ったシカゴ・ハウス。ヴァイナル・プレスの前にはカセットテープでリリースされていました。

Jamie Principle – Waiting On My Angel (Prod. by Frankie Knuckles) [1985] Chicago

 

広義のDeep Houseの登場

ただし最近では拡大解釈された「広義のディープハウス」の意味合いでも使われています。

こちらは歴史的経緯と無関係に、文字通り「Deep(ディープ)」という言葉の意味をそのまま感覚的に受け止めた用法です。

英国~欧州を舞台として、2010年代からTech House(テック・ハウス)の変種としてのポップス志向のハウス、Wankelmut、Klangkarussell、Robin Schulz、Felix Jaehnなどヨーロピアンハウスの楽曲が ディープハウスの名目で販売されはじめましたが、従来のディープハウスとは関連性が無いものでした。

EDMとハウスのボーダーラインからはコチラ側にあり、ちょうどテック・ハウスやトロピカルハウスと接したサウンドの曲が多くみられます。単なるパーティーソングではない、落ち着いたトーンの曲調からディープだと感じられてもおかしくない曲を含んでいます。

新定義のディープハウスが登場した背景には、DTMの進歩によりハウスの楽曲スタイルで「踊れるポップス」をリリースするのが容易になってしまった事情があると言えます。その気になれば古典風のハウスも作れるがその再現にとどまるつもりはない、といった姿勢と技術的余裕も伺えるので、一概に否定するわけにもいきません。

1970年代後半~1990年代前半のNYガラージ、つまりLarry Leavan(ラリー・レヴァン)の影響下にあるアンダーグラウンド・ダンスミュージックとは全く異なる曲調のハウスであるため、古典派からは指摘を受け続けていますが、ビッグルーム・ハウス等「ハウス」の名を冠したEDM系の楽曲と明確に区別できる便利さもあり、実際にはもう少し柔軟な解釈で使われているようです。

2020年現在、最近の曲でディープハウスの例を挙げろと言われたら「Defected Records(ディフェクテッド・レコード)の曲みたいなの」と答えれば、否定する人はまずいないでしょう。

ちなみにそのDefectedが考える「Deep House Anthems」はこちらのようになっており、テックハウスからエレクトロハウスまでも含む総合的なジャンル観となっています。

つまりディープハウスという用語自体が既に形骸化しているため、どこかで明確に線引きされるものではなく「音楽の方向性」を相対的に示す用語として使われていると捉えるべきでしょう。

 

発売当時はDeep House(ディープハウス)として売り込まれ、イビザ・アンセムとなったChris Malinchak(クリス・マリンチャック)のヒット曲。実質的にはテックハウスの変種であるトロピカルハウスとみなされます。

Chris Malinchak – So Good To Me [2012] NY

参考)mixmag – ”その曲はディープハウスじゃない!”

参考)mixmag – ”ハウスへと繋がった80年代初期ポスト・ディスコ・トラック10選”

参考)reddit – ”なぜディープハウスを選定するのにそれほど混乱が生じるのか? 真のディープハウスとは?”

 

 

ディープハウス至上主義とEDM

”Not Everyone Understands House Music.”

Not everyone understands house music

1997年にエディー・ アマドールが生み出し、後にディープハウスのキャッチフレーズとなったメッセージ ”Not Everyone Understands House Music.(誰しもがハウスミュージックを理解できる訳ではない)”。 商業主義的で分かり易い音楽しか解さないリスナーとの間に一線を引き、ディープハウスこそが至高のダンスミュージックだと位置付けるエリート主義的なフレーズとも言えます。

(ポップスに馴染み歌モノが好きな人、特に日常で洋楽を聴く環境にない日本人にとって、分解&反復化された編曲方法やレア・グルーヴの音源ネタはユーロビートやトランス、EDMと異なりハードルが高いのは当然とも言えますが)

BBC Radio 1 のダンス部門において定期的にこのキャッチフレーズを掲げたキャンペーンを張ったり、ハウス黎明期のDJ達が設立したオンラインショップ、Traxsource(トラックスソース)が同様のキャッチコピーを社の旗印としていることからも、ディープハウス至上主義を根強く支持する層が存在していることが分かります。

Eddie Amador – House Music [1997]米 LA

1990年代後半にこのようなメッセージソングが多数出て来たいう事は、裏を返せばこの頃に「小難しく」感じられ始めたディープハウスが他のジャンルに人気を奪われたことによる焦燥感の表れとも言えます。

Aaron Carl – The Word (Let Me Tell You Something About House Music Original Acapella) [1998]米 Detroit

この思想はラスベガスの興行主たちが牽引する2010年以降のEDMブームが隆盛を極めるにつれ、「EDM系ダンスミュージックとの対立」という形で表面化し、軋轢を生んでゆきます。古参のハウスDJ達がEDMを「Vegas」という暗喩で呼ぶ理由はここにあります。

実際、現在のクラブミュージックはおおまかに言って「EDMっぽいもの」と「ディープハウスっぽいもの」に二極化されて認識されており、実際DJ達の制作する楽曲もその2方向の間を行き来しているので、あながち間違いとは言えません。

この対立軸が明確であるうちは、「EDMはElectronic Dance Musicの略語なのでハウスもEDMの一種である」といった机上の空論を振りかざしても、誕生から35年を経て電子化ダンスミュージックの宗主を自認しているハウスDJ達からすれば到底受け入れられないと言えるでしょう。

EDMの定義と混乱の原因

ではなぜ特定分野のダンスミュージックを指すために「EDM (Electronic Dance Music)」といった広範囲な用語が使用されてしまったのかということですが、cuepoint(キューポイント)が一つの解を提示しています。

”それ以前のエレクトロニカのように、EDMという用語は明確な語源を持っていません。よく知られているのは、1985年という早い時期に、異種のサウンドを1つの市場に出しやすい部門にまとめるために使用されていた企業用語として使用されていたことです。 ~(中略)~ この分類の統合の理由は、アメリカで大規模フェスティバルイベントを盛り上げるために必要な「規模の経済性:Economies of Scale」と大いに関係があります。十分なチケット購入者を引き付けるには可能な限り広範囲のダンスミュージックに網を投げる必要があったという事です。” (cuepoint:Etymology of EDM:EDMの語源)

このラスベガスの目論見(フェスへの集客を目的とした名称の統合)に対する抵抗として、世界的なクラブミュージック専門誌 mixmag(ミックスマグ)ではEDMの定義について次のように述べています。

”まず最初に「EDM」を定義しましょう。 mixmagによるEDMの定義すべての「エレクトロニックダンスミュージック」を網羅しているわけではありません。 それはアメリカを征服したヘビーなDrop(サビ)を持ち、スタジアムを満たし、観客が拳を突き上げ、チャートのトップを占める、大規模な商業的メインステージのサウンドを意味します。 それは蛍光色ベストを着た保安員であり、EDC、Ultra、ラスベガスのプールパーティー等であり、そして(Steve Aoki等がやる)ケーキ投げを意味します。” (mixmag: 8 Reasons EDM Is Over (And 4 Reasons It Isn’t))

 

Nicky RomeroやShowtekの楽曲など、後のEDMに大きな影響を与えたElectro House(エレクトロ・ハウス)をメインストリームに押し上げた先駆けとして知られるベニー・ベナッシの「Satisfaction」。ハウスがEDMの一部なのではなく、EDMがハウスから派生したものであるため、定義を拡げようとすると矛盾が生じるのは当然とも言えます。(ジャズをフュージョンの一部だと呼ぶようなものです)

Benny Benassi – Satisfaction [2002]伊 Electro House

Fake Blood – Mars [2008]英 Fidget House / Electro House

どんなクラブミュージックもすぐに大箱向け=ビッグルーム向けに変換してしまう癖のあるオランダからこのタイプのEDMソングが出てきたのも納得です。
Showtek – Booyah [2013]蘭 EDM / Big Room House / Electro House

 

The Black Madonna(ブラックマドンナ)

以下は、故フランキー・ナックルズの後継者としてアンチ商業主義/原点回帰の崇高な理想を掲げたディープハウス至上主義の急先鋒、この分野の最重要人物である The Black Madonna(ブラック・マドンナ)のDJプレイです。フランキー世代と異なるのは選曲にあたってハウスとテクノの間の垣根が取り払われている点です。自ら設立したレーベル名「We Still Believe」にもディープハウス復権への強い信念が表れています。

 

Can You Feel It ~ 如何にしてダンスミュージックは世界を制覇したか

ブラックマドンナがダンスミュージックの歴史を詳しく解説する貴重な1時間特番!MFSBのアール・ヤングによるFour on the floor(4つ打ち)からハウス・テクノの誕生までを網羅!Part 2ではデヴィッド・マンキューソの「Loft」とラリー・レヴァンの「Paradise Garage」を解説。

(現在YouTubeから動画削除、Trailerのみ)

 

ハウスミュージックのカテゴライズ

「ディープハウス」という言葉は少なくとも90年代中盤頃まではキャッチフレーズとして頻繁に使われたものの、このような大雑把な名称は当時のカテゴライズには用いられておらず、実際には2000年以降に一般化したカテゴリ名称でした。

例)2000年に設立されたDiscogsにおける1990年のNYガラージ・ハウスの表記

つまり現在のジャンル分けは過去の音源に遡及した結果にすぎず、だからこそ、80年代~90年代のどの楽曲を指すかについてもよく議論のテーマに挙がります。

ディープハウス系として挙げられるクラブ/イベント

 

狭義のDeep Houseの例

挙げればキリがないため、メジャーなところで一例にとどめます。

黎明期の定番曲についてはmixmagの次の特集が異論のないところでしょう。
The Best 20 House Classics From Before 1990

シカゴハウス・アンセム Move Your Body

郵便局で働いていたマーシャル・ジェファーソンが生み出したアンセム曲。ピアノ演奏が入っているために当初はハウスとみなされていなかったものの、ロン・ハーディ、フランキー・ナックルズの助力を得てシカゴハウスの大ヒットとなった曲です。ハウス伝統のキャッチフレーズ「HOUSE MUSIC ALL NIGHT LONG」はこの曲が原典です。

Marshall Jefferson – Move Your Body (Mixed by Ron Hardy) [1986] Chicago

後にレイブ/ハードコアテクノの名曲「SL2 – DJs Take Control」として復活するフランキー・ナックルズ・プロデュース曲。

The Nightwriters – Let The Music (Use You) [1988] Chicago

 

Jacking/Jackin’ House(ジャッキンハウス)

ハウス・クラシックの枠内でも最古の部類で、シカゴハウスと聞いて人々が真っ先に思い浮かべるサウンドです。リズムマシンをもてあそんでループトラックを濫造したハウスミュージックの原点であり、初期のものは厳密にはディープハウスの定義から外れますが、大部分の構造はそのままディープハウスに引き継がれています。

(現代でいえばDTMに目覚めた若者がこぞってチープなEDMを濫造した状況に近い流行です。)

非常にまぎらわしい事に現在も別の新しい定義で使われているジャンル名で、黎明期のものとは全く意味が異なっています。元々は以下のようにリズムマシンでシカゴ特有のクラップサウンドやサンプリングを多用したパーカッシブなリズムトラック系のハウスを指しています。一方で現在ジャッキンハウスと呼ばれる楽曲はディスコハウスと被るファンキーなハウスを指しています。前述の「Farley Jackmaster Funk – Love Can’t Turn Around」も該当します。

Chip E – Time to Jack [1985] Chicago

原曲はSalsoul Recordsからリリースされた有名曲 First Choice「Let No Man Put Asunder」
Steve “Silk” Hurley – Jack Your Body [1986] Chicago

Housemaster Boyz (Farley “Jackmaster” Funk) – House Nation [1986] Chicago

 

Acid House(アシッドハウス)

アシッドハウスの歴史はRoland TB-303のレゾナンス(共振)を用いたアシッドサウンドを基準にするかどうかで解釈が変わります。

(※ Wikipediaや情報メディアにも誤解が含まれ紛らわしいのですが、実はRoland TB-303の「アシッドサウンド」は後から命名された名前でアシッドハウスの必須の要件ではありません。ジャンル誕生当時はブリープに近くシンセがウネウネしてドラッグのような酩酊感を与えればOKとされていました。)

アシッドハウスの流行の舞台はUKに移り「A Guy Called Gerald – Voodoo Ray」のようなヒットと共にスマイリーフェイスがシンボルとして使われ、DCコミックスのWatcmen(ウォッチメン)から引用した血糊のついたスマイリーのバリエーションも登場しました。

まず筆頭に上がるのが、1986年にリリースされた、プロト・アシッドハウスとでも呼ぶべき微妙な位置付けであるディープハウスの代表曲、Larry Heard(ラリー・ハード)の「Can You Feel It」です。前述の事情によりRoland Junoを使用したこの曲もアシッドハウスとみなす向きがあり、DiscogsにはAcid Houseとしても登録されています。

Fingers Inc. (Larry Heard) – Can You Feel It [1986] Chicago
Mr. Fingers (Larry Heard) – Can You Feel It [1987] Chicago

DJ Pierre(DJピエール)が1987年にPhuture(フューチャー)名義で制作し一般的に歴史上初のアシッドハウスと言われている「Acid Tracks」は1985年に制作されたものの、実際にリリースされたのは1987年でした。その間の1986年にSleezy D(マーシャル・ジェファーソン)からTB-303を用いたアシッドサウンドの曲としてレコード化された最初の曲「I’ve Lost Control」がリリースされています。

Sleezy D (Marshall Jefferson) – I’ve Lost Control [1986] Chicago

Phuture (DJ Pierre) – Acid Tracks [1987] Chicago

MAURICE – This Is Acid (A New Dance Craze) [1988] Chicago

D Mob Feat. Gary Haisman – We Call It Acieed! [1988]英

 

Hip House(ヒップ・ハウス)

HipHopとHouseの合成語です。後にマイケル・ジャクソンのプロデュースも手掛けることになるサンプリングの鬼才、Todd Terry(トッド・テリー)がRoyal House名義で制作した原曲「Can You Party」に、ラップを乗せたヒップ・ハウス版、ジャングル・ブラザーズのバージョンを筆頭として挙げておきます。そしてこれらの曲もまたマーシャル・ジェファーソン「Move Your Body」の断片から成り立っています。このヒップハウスは90年代に入りGhetto House(ゲットーハウス)へと引き継がれてゆきます。

Jungle Brothers – I’ll House You (Arranged By Todd Terry) [1988] NY

Fast Eddie – Yo Yo Get Funky [1988]米 Chicago

その他ミクスチャー系

その他、ロンドンからはスカハウス、ラガハウス等も登場しましたが単なるミクスチャー系のハウスはいずれも短命に終わりました。(中にはロングジーDの「This is Ska」のように後からバッド・マナーズの生演奏に逆採用されるものも現れました。)これらはディープハウスの系統にも入れず、今は無かった事にされています。

Longsy D’s House Sound – This Is Ska [1989]英

Simon Harris Starring Daddy Freddy – Ragga House [1990]英

 

Italo House(イタロ・ハウス)

美麗なピアノ演奏がイタリア製ハウスの特徴で、現代のピアノハウスも依然としてこのイタロハウスの影響下にあります。一方でピアノハウスという語はカテゴリ名ではなく形容的な総称で、ディープハウス全体に根を下ろしています。こちらは日本のレジェンダリーDJ、EMMA(エンマ)も芝浦GOLDでヘビーにプレイしていた1990年イタロハウスの名曲。派手なリズムトラックはFast Eddie等ヒップハウス系シカゴハウスの影響を受けています。ベースラインは1980年Carl Carltonの「She’s A Bad Mama Jama」。

Touch Of Soul – We Got The Love [1990]伊

FPI PROJECT – Rich In Paradise (Going Back To My Roots) [1989]伊

Tribal House(トライバル・ハウス)

元々はNYガラージハウスのサブジャンルとして誕生し、リズムトラックの面で主にアフリカ民族音楽の影響を受けたトライバルハウスのクラシック・アンセムです。ただしネタをアフリカ音楽にすれば良いという単純なものでもなく、こちらはナイル・ロジャース Chic(シック)の「Dance, Dance, Dance」が原曲です。

Earth People – Dance [1990]米 NY Tribal House / Funky House

Tribal House – Motherland (Africa) [1990]米 NY

NY Garage House(NYガラージ・ハウス)

ハウスミュージックの舞台はシカゴからニューヨークへと移ります。そしてシカゴ産ハウスもジャッキンハウスなどコテコテの古典的ハウスから次第にNYガラージの影響を受けオシャレで洗練されたものに変わってゆきます。

※ガラージュ=ガラージ=ガレージの意味。Larry Levan(ラリー・レヴァン)がDJを務めた駐車場跡のクラブ、Paradise Garage(パラダイス・ガラージ)が語源。当初は黒人の発音にならってガラージュと呼んでおり、この言葉はハウス誕生以前のダンスクラシックも含んでいます。

原曲はLarry Levan(ラリー・レヴァン)DJプレイの定番曲でもあった、1980年Artur Russel(アーサー・ラッセル)プロデュースによるLoose Joints(ルーズ・ジョインツ)の有名曲。

Underground Solution (Roger Sanchez) – Luv Dancin’ [1990] NY Garage House

Loose Joints ‎– Is It All Over My Face [Larry Levan Remix] [1980] NY Garage/Disco/Funk/Soul

これ以上ディープにするとフロア向けでなくなる境界スレスレの有名曲

After Hours – Waterfalls [1991]米

Fingers Inc.としてLarry Heard(ラリー・ハード)と活動を共にした彼の弟子、ヴォーカリストでもあるRobert Owens(ロバート・オーウェンズ)の大ヒット曲。
シカゴのFrankie Knuckles、NYのDavid Morales、日本のSatoshi Tomiie(富家哲)らが結成したDef Mix Productionsからのリリースで、実質的にシカゴとNYの合同プロジェクトといった方が近い、ハウス史に残る有名曲です。

Robert Owens ‎- I’ll Be Your Friend [1991] Chicago/NY/日本

現在のSoulful House(ソウルフル・ハウス)と呼ばれるサブカテゴリのテンプレートを生んだNYガラージハウスの雄、Masters At Work(マスターズ・アット・ワーク)。本来のディープハウスのコアな要素を持ち名曲の多いジャンルですが、その完成度の高さと引き換えにハウスを定型化しているという面を持ち、現在もNYのDanny Krivit(Body & Soul)、Louie Vega(MAW)、UKのSimon Dunmore(Defected)など重鎮DJ達が牙城を守っています。そしてこれ以降ハウスはNYガラージを舞台としたディープハウスの枠組みを超えて自在に形を変えながらUKと欧州で進化してゆきます。

Barbara Tucker – Beautiful People (Prod. by Masters At Work) [1994] NY

90年代ハウスミュージックのひとつの到達点。故・David Mancuso(デヴィッド・マンキューソ)のレパートリーにも加えられました。高度に洗練されたインストゥルメンタルの傑作ハウス。
Nuyorican Soul (Masters At Work) – The Nervous Track [1993-1997]米

US Garage~UK Garageへの橋渡し、Gabriel(ガブリエル)

米国シカゴで製作され、英国のUK Garage(UKガラージ)、特に2 Step(ツーステップ)の原型となったアンセム曲です。英国BBC Radioが選ぶ「ダンスミュージックを形作った過去30年史上の重要曲」にも選出されています。

Roy Davis Jr ft Peven Everett – Gabriel [1996]米 Chicago House/UK Garage

誕生後10年を経てひととおりの完成をみたハウスミュージックは、90年代後半からより実験的な方向に進み、趣味人の音楽としてアンダーグラウンド化してゆきます。

Basement Jaxx – Be Free [1995]英

原曲は1978年Chick(ナイル・ロジャース)の大ヒット曲「I Want Your Love」。

Moodymann – I Can’t Kick This Feelin When It Hits [1996] Detroit

Kerri Chandler – Atmosphere [1998]米 NJ

Danny Tenaglia – Music is the answer ft. Celeda [1998]米 NY

Pépé Bradock – Deep Burnt [1999] 仏

Jon Cutler, E‐Man – It’s Yours [2001]米 NY

和製ディープハウスとして 故・David Mancuso(デヴィッド・マンキューソ)のプレイリスト入りを果たした、知る人ぞ知るジュディマリ YUKIの海外有名曲! リミキサー エリック・カッパーはフランキー・ナックルズ名義で名曲「The Whistle Song」を生み出した重鎮DJ/キーボーディスト。Alan WalkerのEDMアンセム「Faded」とのマッシュアップ曲あり。

YUKI(Judy and Mary) – Joy (Eric Kupper Mix) [2005]日/米

Frankie Knuckles, Eric Kupper – The Whistle Song [1991/2019]米

もう一つの有名和製ディープハウス! EMMAと川内太郎によるリミックス定番曲。

MISIA – The Glory Day (Malawi Rocks Remix) [2000]日本

Dennis Ferrer – How Do I Let Go [2006]米 Deep House/Garage House

Mr. White – The Sun Can’t Compare (prod. by Larry Heard) [2006]米 Deep House/Acid House

Hercules & Love Affair – Blind (Frankie Knuckles Remix) [2007/2008]米 NY

Dj Sprinkles (Terre Thaemlitz) – Hush Now [2010] 米(現在は川崎在住)

Detroit Swindle – The Break Up [2013]蘭

Shadow Child & Doorly – Piano Weapon [2014]英

DJ KOZE – Magical Boy [2015] 独

The Black Madonna – He Is The Voice I Hear [2016] Chicago

UNIT 2 – Sunshine (KiNK Remix) [2016-2018]

 

広義のDeep Houseの例

それを表現するのにふさわしい言葉がないため、結果的にDeep Houseとされる例です。

Duke Dumont – Need U (100%) feat. A*M*E [2013]

Secondcity – I Wanna Feel [2014]

Route 94 – My Love ft. Jess Glynne [2014]

Bakermat – Teach Me [2014]蘭

David Zowie – House Every Weekend [2015]

Dusky – Cold Heart [2017]

 

 

シェアありがとうございます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • カテゴリー

  •  

  •  

    広告掲載のご依頼はこちら

     

    イベント情報








    チャート情報











    データベース







    情報サイト


























    レーベル・レコード会社






PAGE TOP ↑