Deep House(ディープ・ハウス)とは – 音楽ジャンル

公開日:  最終更新日:2019/02/19

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Deep House(ディープ・ハウス)

狭義のDeep House

語源と定義

1988年2月、英国レスター・スクウェアにあるエンパイア劇場で開催されたイベント「Deep House Convention」が語源で、これは米国から招いたレジェンダリーDJ、Marshall Jefferson(マーシャル・ジェファーソン)と Frankie Knuckles(フランキー・ナックルズ)に対して敬意を込め、享楽的で商業主義的なハウスの楽曲とあえて区別するために命名された言葉でした。

この名称は、誕生当時はハウスミュージックのサブカテゴリ名ではなく、主にイベントやコンピレーションのためのキャッチフレーズとして使われていました。(一方で、アシッドハウス、ヒップハウスといったサブカテゴリは既に存在していました。)

曖昧な定義のまま生まれた「ディープハウス」という言葉ですが、厳密な本来の意味合いを「狭義のディープハウス」とするならば、フィリーディスコを原点としたシカゴ・ハウスおよびNYガラージ・ハウスの系譜にあるソウルフルでジャジーなハウスミュージックの総称であると言えます。

そもそも語源が黎明期のハウスそのものを指しているため、オーセンティックな(派生したものではない正統派の)ハウスの総称という風にざっくりと理解することも出来ます。

 

電子音楽化と反復化

1985年~1986年頃 歴史上に登場したハウスミュージック(=現在のディープハウス)は、単にFour on the floor(4つ打ち)に乗せて電子音楽化されたディスコミュージックではなく、誕生時にもう一つ重要なコンセプトを持っていました。(電子化よりもこちらの方が先で、こちらの方が革新的でした。)

それは、過去のダンスミュージックとフロアの反応に対する考察を元にクラブDJ達によって生み出された「ディスコソングの一番気持ち良いパートやフレーズ、リズムに特化して反復する」という編曲方法です。(※ 1989年の海外音楽誌 i-Dより)

この手法が編み出される以前のダンスミュージックでは歌としての完成度が優先されていたため、ダンスフロアにいる客はそのパートがくるのを待ちわびるしかなかったのです。

ハウスから派生して誕生したデトロイト・テクノにも継承されたこの手法は、単に歌モノを打ち込みに置き換えたポップス系のハウスとは異なる、大きな特徴となっています。

電子化以前の例として、この反復化はロン・ハーディがオープンリール・テープデッキと2台のターンテーブルを使ってアイザック・ヘイズの「I Can’t Turn Around」を元に、生音の段階でやってのけています。後にシカゴハウスの2つのアンセム「J.M. Silk – I Can’t Turn Around」「Farley Jackmaster Funk – Love Can’t Turn Around」へと転化していった曲です。

Isaac Hayes – Can’t Turn Around ( Ron Hardy’s Edit) [1983] Chicago

オリジナル曲

クラブDJならばこの曲のダンサブルな後半部だけをピッチアップして使いたくなります。ピッチコントローラを使わずイントロから最後まで流しちゃう頑固なDJ、David Mancuso(デヴィッド・マンキューソ)でない限り…。

Isaac Hayes – I Can’t Turn Around [1975] Memphis

 

特にJ.M. Silkの「I Can’t Turn Around」はニューヨークでも熱狂をもって受け入れられ、この1曲だけを深夜から朝までぶっ通しでMIXしながらリピートしていたクラブもありました。また空気を読まずユーロビートを流し続けたDJがクラブオーナーに殴られ、J.M. Silkの曲を流すハウスDJに交代させられたというエピソードもありました。

電子音楽としての面からはすでにPaul Hardcastle(ポール・ハードキャッスル)のようなインストゥルメンタリストから「19(ナインティーン)」のような大ヒット曲が出ていたり、ユーロビート/Hi-NRG(ハイエナジー)の分野でもローランドのTRサウンドは活用されていたため技術的に驚くほどのことはありませんでしたが、ディスコミュージックの反復化と複合することで衝撃的なインパクトのある新しい音楽ジャンルが誕生してしまったということです。ちなみにJ.M. Silkとは、Farley “Jackmaster” Funk と Steve “Silk” Hurleyのあだ名を合体させたコンビ名です。

J.M. Silk – I Can’t Turn Around [1986] Chicago

 

「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」のジングルとしても有名な曲!
Farley Jackmaster Funk – Love Can’t Turn Around [1986] Chicago

 

参考)mixmag – ”その曲はディープハウスじゃない!”

参考)reddit – ”なぜディープハウスを選定するのにそれほど混乱が生じるのか? 真のディープハウスとは?”

 

ディープハウス至上主義とEDM

”Not Everyone Understands House Music.”

Not everyone understands house music

1997年にエディー・ アマドールが生み出し、後にディープハウスのキャッチフレーズとなったメッセージ ”Not Everyone Understands House Music.(誰しもがハウスミュージックを理解できる訳ではない)”。 商業主義的で分かり易い音楽しか解さないリスナーとの間に一線を引き、ディープハウスこそが至高のダンスミュージックだと位置付けるエリート主義的なフレーズとも言えます。

(ポップスに馴染み歌モノが好きな人、特に日常で洋楽を聴く環境にない日本人にとって、分解&反復化された編曲方法やレア・グルーヴの音源ネタはユーロビートやEDMと異なりハードルが高いのは当然とも言えますが)

BBC Radio 1 のダンス部門においてこのキャッチフレーズを掲げたキャンペーンを張ったり、ハウス黎明期のDJ達が設立したオンラインショップ、Traxsource(トラックスソース)が同様のキャッチコピーを社の旗印としていることからも、ディープハウス至上主義を根強く支持する層が存在していることが分かります。

Eddie Amador – House Music [1997] Los Angeles(16秒~)

この思想はラスベガスの興行主たちが牽引する2010年以降のEDMブームが隆盛を極めるにつれ、「EDM系ダンスミュージックとの対立」という形で表面化し、軋轢を生んでゆきます。古参のハウスDJ達がEDMを「Vegas」という暗喩で呼ぶ理由はここにあります。

この対立軸が明確である限り「EDMはElectronic Dance Musicの略語なのでハウスもEDMの一種である」といった机上の空論は、誕生から30年を経て電子化ダンスミュージックの宗主を自認しているハウスDJ達からすれば受け入れられないと言えるでしょう。

EDMの定義と混乱の原因

ではなぜ特定分野の音楽を指すために「EDM (Electronic Dance Music)」といった広範囲な用語が使用されてしまったのかということですが、cuepoint(キューポイント)が一つの解を提示しています。

”それ以前のエレクトロニカのように、EDMという用語は明確な語源を持っていません。よく知られているのは、1985年という早い時期に、異種のサウンドを1つの市場に出しやすい部門にまとめるために使用されていた企業用語として使用されていたことです。 ~(中略)~ この分類の統合の理由は、アメリカで大規模フェスティバルイベントを盛り上げるために必要な「規模の経済性:Economies of Scale」と大いに関係があります。” (cuepoint: Etymology of EDM)

このラスベガスの目論見(フェスへの集客を目的とした名称の統合)に対する抵抗として、世界的なクラブミュージック専門誌 mixmag(ミックスマグ)ではEDMの定義について次のように述べています。

”まず最初に「EDM」を定義しましょう。 MixmagによるEDMの定義はすべての「エレクトロニックダンスミュージック」を網羅しているわけではありません。 それはアメリカを征服したヘビーなDrop(サビ)を持ち、スタジアムを満たし、観客が拳を突き上げ、チャートのトップを占める、大規模な商業的メインステージのサウンドを意味します。 それは蛍光色ベストを着た保安員であり、EDC、Ultra、ラスベガスのプールパーティー等であり、そして(Steve Aoki等がやる)ケーキ投げを意味します。” (mixmag: 8 Reasons EDM Is Over (And 4 Reasons It Isn’t))

 

The Black Madonna(ザ・ブラックマドンナ)

以下は、故フランキー・ナックルズの後継者としてアンチ商業主義/原点回帰の崇高な理想を掲げたディープハウス至上主義の急先鋒、この分野の最重要人物である The Black Madonna(ブラック・マドンナ)のDJプレイです。選曲にあたってハウスとテクノの間の垣根は取り払われています。

 

Can You Feel It ~ 如何にしてダンスミュージックは世界を制覇したか

Black Madonnaがダンスミュージックの歴史を詳しく解説する貴重な1時間特番!MFSBのアール・ヤングによるFour on the floor(4つ打ち)からハウス・テクノの誕生までを網羅!Part 2ではデヴィッド・マンキューソの「Loft」とラリー・レヴァンの「Paradise Garage」を解説。


Can you Feel It- How Dance Music Conquered the World. Episode 1 The Beat

Can You Feel It- How Dance Music Conquered the World. Episode 2 The Club
Can You Feel It- How Dance Music Conquered the World. Episode 3 The DJ

 

ハウスミュージックのカテゴライズ

「ディープハウス」という言葉は少なくとも90年代中盤頃まではキャッチフレーズとして頻繁に使われたものの、このような大雑把な名称は当時のカテゴライズには用いられておらず、実際には2000年以降に一般化したカテゴリ名称でした。

例)2000年に設立されたDiscogsにおける1990年のNYガラージ・ハウスの表記

つまり現在のジャンル分けは過去の音源に遡及した結果にすぎず、だからこそ、80年代~90年代のどの楽曲を指すかについてもよく議論のテーマに挙がります。

ディープハウス系として挙げられるクラブ/イベント

 

広義のDeep Houseの登場

ただし最近では拡大解釈された「広義のディープハウス」の意味合いでも使われています。

こちらは歴史的経緯と無関係に、文字通り「Deep(ディープ)」という言葉の意味をそのまま感覚的に受け止めた用法です。

英国~欧州を舞台として、2010年代からTech House(テック・ハウス)の変種としてのポップス志向のハウス、Wankelmut、Klangkarussell、Robin Schulz、Felix Jaehnなどの楽曲が ディープハウスの名目で販売されはじめましたが、従来のディープハウスとは関連性が無いものでした。

EDMとハウスのボーダーラインからはコチラ側にあり、ちょうどテック・ハウスやトロピカルハウスと接したサウンドの曲が多くみられます。単なるパーティーソングではない、落ち着いたトーンの曲調からディープだと感じられてもおかしくない曲を含んでいます。

新定義のディープハウスが登場した背景には、DTMの進歩によりハウスの楽曲スタイルで「踊れるポップス」をリリースするのが容易になってしまった事情があると言えます。その気になれば古典風のハウスも作れるがその再現にとどまるつもりはない、といった姿勢と技術的余裕も伺えるので、一概に否定するわけにもいきません。

1970年代後半~1990年代前半のNYガラージ、つまりLarry Leavan(ラリー・レヴァン)の影響下にあるアンダーグラウンド・ダンスミュージックとは全く異なる曲調のハウスであるため、古典派からは指摘を受け続けていますが、プログレッシブ・ハウス等「ハウス」の名を冠したEDM系の楽曲と明確に区別できる便利さもあり、実際にはもう少し柔軟な解釈で使われているようです。

 

狭義のDeep Houseの例

挙げればキリがないため、メジャーなところで一例にとどめます。

シカゴハウス・アンセム Move Your Body

郵便局で働いていたマーシャル・ジェファーソンが生み出したアンセム曲。ピアノ演奏が入っているために当初はハウスとみなされていなかったものの、ロン・ハーディ、フランキー・ナックルズの助力を得てシカゴハウスの大ヒットとなった曲です。

Marshall Jefferson – Move Your Body (Mixed by Ron Hardy) [1986] Chicago

 

Acid House(アシッドハウス)

DJ Pierre(DJピエール)が1987年にPhuture(フューチャー)名義で制作し一般的に歴史上初のアシッドハウスと言われている「Acid Tracks」の前年1986年にリリースされた、プレ・アシッドハウスとでも呼ぶべき微妙な位置付けであるディープハウスの代表曲、Larry Heard(ラリー・ハード)の「Can You Feel It」です。

「Acid Tracks」は1985年に制作され実際にリリースされたのは1987年でしたが、その間の1986年にSleezy D(実質マーシャル・ジェファーソン)から「I’ve Lost Control」がリリースされ、こちらがRoland TB-303のレゾナンス(共振)を用いたアシッドサウンドの曲としてレコード化された最初の曲となっています。

(※ 紛らわしいのですが実はTB-303のアシッドサウンドは後から命名された名前でアシッドハウスの必須の要件ではありません。例として「D-Mob ‎– We Call It Acieeed」など。当時はウネウネしてさえいればOKで、だからこそJunoを使用したラリー・ハードのCan You Feel Itもアシッドハウスとみなす向きがあり、DiscogsにこっそりとAcid Houseとして登録されているのです。)

アシッドハウスの流行の舞台はUKに移り「A Guy Called Gerald – Voodoo Ray」のようなヒットと共にスマイリーフェイスがシンボルとして使われ、DCコミックスのWatcmen(ウォッチメン)から引用した血糊のついたスマイリーのバリエーションも登場しました。

Fingers Inc. – Can You Feel It [1986] Chicago

Phuture (DJ Pierre) – Acid Tracks [1987] Chicago

 

Hip House(ヒップ・ハウス)

HipHopとHouseの合成語です。後にマイケル・ジャクソンのプロデュースも手掛けることになるサンプリングの鬼才、Todd Terry(トッド・テリー)がRoyal House名義で制作した原曲「Can You Party」に、ラップを乗せたヒップ・ハウス版、ジャングル・ブラザーズのバージョンを挙げておきます。そしてこれらの曲もまたマーシャル・ジェファーソン「Move Your Body」の断片から成り立っています。

Jungle Brothers – I’ll House You (Arranged By Todd Terry) [1988] NY

 

NY Garage House(NYガラージ・ハウス)

ハウスミュージックの舞台はシカゴからニューヨークへと移ります。そしてシカゴ産ハウスもコテコテの古典的ハウスから次第にNYガラージの影響を受け洗練されたものに変わってゆきます。

Underground Solution (Roger Sanchez) – Luv Dancin’ [1990] NY

Fingers Inc.としてLarry Heard(ラリー・ハード)と活動を共にした彼の弟子、ヴォーカリストでもあるRobert Owens(ロバート・オーウェンズ)の大ヒット曲。
シカゴのFrankie Knuckles、NYのDavid Morales、日本の富家哲らが結成したDef Mix Productionsからのリリースで、実質的にシカゴとNYの合同プロジェクトといった方が近い、ハウス史に残る有名曲です。

Robert Owens ‎- I’ll Be Your Friend [1991] Chicago/NY

現在のSoulful Houseと呼ばれるサブカテゴリのテンプレートとなったNYガラージハウスの雄、Masters At Work(マスターズ・アット・ワーク)。本来のディープハウスのコアな要素を持ち名曲の多いジャンルですが、その完成度の高さと引き換えにハウスを定型化しているという面を持ちます。これ以降ハウスはNYガラージを舞台としたディープハウスの枠組みを超えて自在に形を変えながらUKと欧州で進化してゆきます。

Barbara Tucker – Beautiful People (Produced by Masters At Work) [1994] NY

 

US Garage~UK Garageへの橋渡し、Gabriel(ガブリエル)

米国シカゴで製作され、英国のUK Garage(UKガラージ)、特に2 Step(ツーステップ)の原型となったアンセム曲です。英国BBC Radioが選ぶ「ダンスミュージックを形作った過去30年史上の重要曲」にも選出されています。

Roy Davis Jr ft Peven Everett – Gabriel [1996]米/英 Chicago House/UK Garage

 

誕生後10年を経てひととおりの完成をみたハウスミュージックは、90年代後半からより実験的な方向に進み、趣味人の音楽としてアンダーグラウンド化してゆきます。原曲は1978年Chick(ナイル・ロジャース)の大ヒット曲「I Want Your Love」。

Moodymann – I Can’t Kick This Feelin When It Hits [1996] Detroit

 

Pépé Bradock – Deep Burnt [1999] 仏

 

和製ディープハウスとして 故David Mancuso(デヴィッド・マンキューソ)のプレイリスト入りを果たした、知る人ぞ知るジュディマリ YUKIの曲!

Yuki(Judy and Mary) – Joy (Eric Kupper Mix) 2005

 

Dj Sprinkles – Hush Now [2010] 米(現在は川崎在住)

 

DJ KOZE – Magical Boy [2015] 独

 

The Black Madonna – He Is The Voice I Hear [2016] Chicago

 

広義のDeep Houseの例

それを表現するのにふさわしい言葉がないため、結果的にDeep Houseとされる例です。

Chris Malinchak – So Good To Me

発売当時はDeep House(ディープハウス)として売り込まれ、イビザ・アンセムとなった曲ですが、実質的にはテックハウスの変種であるトロピカルハウスとみなされます。

Chris Malinchak – So Good To Me [2012]米

 

Duke Dumont – Need U (100%) feat. A*M*E [2013]

 

Secondcity – I Wanna Feel [2014]

 

Route 94 – My Love (Official Video) ft. Jess Glynne [2014]

 

David Zowie – House Every Weekend [2015]

 

Dusky – Cold Heart [2017]

 

 

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